「こわい」と「おそろしい」は、恐怖を感じたときに使われる代表的な言葉です。
日常では、どちらも同じような意味で使われることがあります。
しかし語源をたどると、この二つは恐れの質がまったく異なる言葉であることがわかります。
ひとつは心が強く揺さぶられる感覚、もうひとつは人智を超えた力に対する畏れでした。
本記事では、「こわい」と「おそろしい」の語源を比較し、日本語が恐怖をどのように分けてきたのかを読み解いていきます。
こわい・おそろしい|まず結論から
- こわい:
👉 心が強く揺さぶられ、身構えてしまう恐れ - おそろしい:
👉 人の理解や制御を超えた力に対する畏怖
どちらも恐怖を表しますが、向いている相手と深さが違う言葉です。
「こわい」の語源と原感覚
語源は「こはし(強し・怖し)」
「こわい」の語源は、古語の「こはし(強し・怖し)」にあります。
もともとは、
- 強く迫る
- 心が揺れる
- 圧倒される
といった、感覚が強く動かされる状態を表していました。
対象は「目の前の危険」
「こわい」は、
- 犬がこわい
- 失敗がこわい
など、具体的で身近な対象に向けて使われます。
恐怖の中心は、自分の身に何かが起こりそうだという予感です。
「おそろしい」の語源と原感覚
語源は「畏(おそ)し」
「おそろしい」の語源は、「畏(おそ)し」にあります。
「畏」とは、
- うやまう
- ひれ伏す
- 手出しできない
といった、人の力を超えた存在への態度を表す言葉でした。
対象は「人智を超えるもの」
「おそろしい」は、
- 自然災害
- 神仏
- 圧倒的な権力
など、制御できない力に向けて使われます。
恐怖というより、畏敬の感情が中心です。
なぜ似た意味に見えるのか
現代では、
- こわい体験
- おそろしい出来事
のように、どちらも強い恐怖を表すため、似て見えます。
しかし語源的には、
- こわい:心が揺れる
- おそろしい:立場が低くなる
というように、恐れの方向が違います。
日本語が恐怖を分けてきた理由
日本語は恐怖を、
- 身近な危険
- 超越的な力
で言い分けてきました。
- 自分がどう感じるか → こわい
- 人としてどう振る舞うか → おそろしい
という違いです。
これは
➡「いたい」と「つらい」(準備中)
➡「かなしい」と「せつない」
の分け方とも通じています。
二つの違いを一言でまとめると
- こわい:
👉 心が揺さぶられる恐れ - おそろしい:
👉 ひれ伏すほどの畏れ
同じ恐怖でも、立っている位置が違う言葉です。
まとめ|語源で見る恐れの深さ
「こわい」と「おそろしい」は、似た恐怖表現でありながら、生まれた場所はまったく異なります。
- 揺さぶられる → こわい
- 圧倒される → おそろしい
語源を知ることで、日本語が恐怖の“深さ”を丁寧に感じ分けてきたことが見えてきます。

