「左様なら」は、
相手の状況や考えを“そうであると受け入れた上で話を終える”ことを意味する言葉です。
その意味は、語源である「左様ならば(そうであるならば)」という文構造から生まれました。
「左様なら」は、少し古風で、かしこまった響きを持つ言葉です。
会話ではあまり頻繁に使われない一方、文章や時代劇などで耳にしたことがある人も多いでしょう。
「さようなら」に似ているため、別れの言葉のように思われがちですが、
本来の「左様なら」は、別れの挨拶というより“そういうことなら”と引き下がる合図に近い表現です。
本記事では「左様なら」の意味と語源を整理し、「左様ならば」の構造や、現代での自然な使い方まで、語源サイトらしく丁寧に読み解きます。
「左様なら」の意味をひと言でいうと
左様ならとは、
👉 「そういうことなら(それなら)」と受け入れて一歩引く言い方
です。
- 相手の事情や判断を受け取る
- その上で、自分は引く
という “距離の取り方” が含まれます。
「左様なら」の語源・由来(結論)
語源は「左様ならば」
「左様なら」は、もともと
👉 左様ならば(さようならば)
という形でした。
「左様」とは?
左様(さよう)は、
- そのように
- そういうふうに
- そういうことなら
を意味する言い方です。
現代語の「そう」「そういう」に近いニュアンスを持ちます。
「なら(ならば)」は条件
「なら(ならば)」は、
- もし〜なら
- 〜という条件なら
を表す条件表現です。
つまり「左様ならば」=
👉 「そういうことなら(それなら)」
が原義です。
そして会話の流れの中で、
- 左様ならば、失礼いたします
- 左様ならば、致し方ありません
のように “区切り” をつける言葉として用いられ、短くなって「左様なら」になりました。
「左様なら」と「さようなら」の違い
ここが一番大事です。
左様なら
- 意味:そういうことなら/それなら
- 用途:会話の区切り、引き下がり、了承
さようなら
- 意味:別れの挨拶
- 由来:「左様ならば(それでは)」から派生し、別れの場面で固定化
👉「さようなら」は「左様ならば」が別れの場面で定着した形で、「左様なら」そのものが“別れの挨拶”だったわけではありません。
➡「さようなら」の語源
使い方と例文(現代でも使える形)
① 丁寧に引き下がる
- 左様なら、失礼いたします。
(=そういうことなら、失礼します)
② 相手の判断を受け入れる
- 左様なら、あなたの判断に従います。
(=それなら、従います)
③ 仕方なさを受け止める
- 左様ならば、致し方ありません。
(=そういうことなら、仕方ない)
「左様ならば仕方ない」のニュアンス
「仕方ない」は投げやりにも聞こえますが、
「左様ならば」が付くと、
- 条件を受け取った上で
- 判断として引き受ける
という、理屈の落ち着きが出ます。
👉「諦め」よりも「整理」に近い言い方です。
「左様ならば失礼します」はなぜ自然なのか
この表現は、
- 相手の状況を理解し
- その条件なら自分は退出する
という構造になっています。
つまり「左様なら」は、
相手の事情を尊重して距離を取る言葉として機能しているわけです。
二言でまとめると
- 語源:「左様ならば」=そういうことなら
- 意味の核:別れではなく、“受け入れて引く”区切り
まとめ|語源で見る「左様なら」の本質
「左様なら」は、別れの言葉というより、
相手の事情を受け止めて一歩引く言葉です。
語源を知ると、「さようなら」との距離も見えてきます。
「左様ならば(そういうことなら)」という条件の言葉が、別れの場面で定着すると「さようなら」になった。
つまり、
- 「左様なら」=条件を受けて引く
- 「さようなら」=別れとして固定化した表現
この違いを理解すると、言葉の輪郭がぐっとはっきりします。

